大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)1433号 判決

被告人 鈴木高司

〔抄 録〕

事実誤認、法令の適用の誤りの主張について。

よつて記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、被告人は当日午後一時五〇分頃バスを運転して富士宮市内原判示道路を時速四三粁で北進中、道路左端の電柱の傍に小山宇三郎(当時四一年)が小山和男(当時小学校一年生)とともに佇立し、被告人の自動車と反対の左側を眺めているのを二八・六米前方に認めたのであるが、同所が幅員二・一米の土堤道と交差する渋沢橋南端で、歩道が一旦切れて車道と平面になつている箇所ではあるけれども、右橋の長さは五・四米に過ぎず直ちにまた北に歩道が続く場所であつて、右小山らの佇立していた地点は歩車道の境界線と見られる線より一・四米ないし一・七五米内側の地点に当り、且つ右橋の北西端にはバスの停留所も設けられているのであるから、同所に佇立していたということが直ちに同所で道路を横断する態勢にあつたものとは認められない。却つて被害者に同伴していた前記和男の司法警察員に対する昭和四五年三月二四日付供述調書及び当審における検証現場での証言によれば、同人は前記宇三郎が精神及び身体に欠陥があるため同人に付き添つてきて、同所で道路を横断しようとしたものであるが、右方からバスが来たので、左方のトラツクにのみ注意している宇三郎にバスの進行を告げたのに聞こえなかつたらしく、歩き始めたので手を引つ張つたが、手が滑つて宇三郎だけ道路に飛び出して轢かれたというのであり、また宇三郎の弟小山堯の司法巡査に対する同四四年五月一五日付供述調書によれば、宇三郎は幼時小児麻痺になり、現在も右手が不自由であるほかは身体に不自由はなく一般人と変わらないというのであつて、心身障害者であることを被告人が気付かなかつたとしても不注意があつたものということはできない。右のように心身障害者であることを一般に気付かれないような成人が、小学校低学年の生徒さえ心得ている、道路の横断に当つてはまず右を見てから左を見て渡るとの原則を無視して、歩車道の境界線より一・四米の内側から道路の左側だけを見ただけで、突如車道に立ち入るということは到底予想できないことであつて、このような佇立者を認めたからといつて警音器を吹鳴しなければならない注意義務はないといわなければならない。然らばこのような事実関係の下において佇立者の横断を予測して警音器を吹鳴して警告を与える注意義務があるとし、これを前提として業務上過失致死の責任を問うた原判決は、事実を誤認し、法令の適用を誤つたものといわなければならず、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから論旨は理由がある。

(青柳 菅間 酒井)

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